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祭典

四季

1月

元日午前0時一番祈祷 

太鼓の音とともに本殿の御扉が開かれます。

約300人の氏子さんが参列され、希望者には、

新春一番祈祷符の授与がおこなわれます

正月七福神めぐり

隅田川七福神めぐりの方々が、元日午前0時より参詣に訪れます。

家内安全・商売繁昌厄除・八方除等のお祓いも奉仕致します。

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2月

節分祭

2月3日午後3時より社殿での祭典の後、

氏子青年会員によって、鬼と勅使の問答が行われます。

赤鬼・青鬼は、仏法で調伏出来ないことを誇りますが、

白鬚大明神に参詣した勅使が奉仕する「鳴弦」により、

遥か西の海へと追いやられる姿が演じられます。

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5月

ぼんでん祭り(5月5日)

白鬚神社において古くから行われているお祭りで、

稲の花(穂)が風の害に遭わぬようにとも祈念したことから、

鎮花祭とも呼ばれており、町内の世話人が神社に集まり、御幣を作ります。

完成した御幣を神前に供えて祭典をおこなったあと、

隅田川川岸にて水の害(洪水・渇水)が起こらないように祭典を行います。

白鬚神社氏子内の歴史を伝える貴重な伝統行事として、

重要な一面をもっています。

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6月

神社例大祭

六月第一週週末に、神社例大祭がおこなわれます。

三年に一度の「ほんまつり」には、本社神輿「拾参番」が町内を巡幸します。

白鬚神社大神輿の屋根には、「拾参番」と書かれた札(駒札)が掛けられ、

小神輿には「八番」と書かれた札が掛けられています。

 

この番号は、旧寺島村内の白鬚神社・高木神社・長浦神社の三神社が合同で

神輿渡御をした時代の並ぶ順位を示した印です。

 

当初は、三神社で合計十三基の神輿でしたので、

最後を渡御する白鬚神社大神輿は

必然的に「十三番」の札を掛けることとなり、

以来「拾参番」と呼ばれています。

 

また子供神輿は八基で、やはり最後を渡御することから、

本社小神輿は「八番」の札を掛けるようになりました。

 

十四番以降は、作られた年代順に、番号が割りふられ、

「四拾参番」(旧番場図子=現堤通二丁目)まで、記録に残されています。

水無月大祓=6月30日

知らず知らずに犯した罪穢を祓い清める「大祓(おおはらい)」は、

6月30日午後8時より執りおこなわれいます。

 

今から千百年前に記された平安朝の法令集「延喜式」にも、

六月晦日と十二月大晦日におこなうことが定められており、

皇居でも毎年おこなわれています。

 白鬚神社では、氏子の方からお預かりした形代を供え、

半年間の罪穢れを祓い清めたのち、形代を焼納し、隅田川へと流します。

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アンカー 5

11月

七五三

古くは「髪置き(かみおき)」「袴着(はかまぎ)」

「帯解き(おびとき)(紐(ひも)解き)」の祝いといい、

人生儀礼の重要なものとされています。

 「髪置き」は三歳の男女児の祝いで、もう赤ん坊ではないという意味から、

今まで剃っていた髪をこの日から伸ばし始める儀式です。

「袴着」は五歳の男児の祝いで、初めて袴を着ける儀式、

「帯解き(紐解き)」は七歳の女児の祝いで、

着物の付け紐を取り去り帯に替える儀式です。

本来は数え年で祝いますが、最近では満年齢で祝う割合も高くなり、

また参拝の日取りも十一月十五日に限らず、

その前後の都合の良い日(土日・祝日)に参拝する傾向が強くなってきました。

新嘗祭=11月23日

「新嘗祭」は「しんじょうさい」ともいい、

「新」は新穀を「嘗」はご馳走を意味します。

この日、宮中では天皇陛下が感謝をこめて新穀を神々に奉るとともに、

御自らも召し上がられ、白鬚神社でも氏子総代参列のもと

大祭式をもって祭典をおこないます。

現在では「勤労感謝の日」として、国民の祝日となっていますが、

命の糧を神さまからいただくための勤労を尊び、

感謝をしあうことに由来しているといわれています。

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12月

迎春準備

江戸消防記念会第六区七番組の手により境内に

門松や正月飾りが施されます

師走大祓

知らず知らずに犯した罪穢を祓い清める「大祓(おおはらい)」は、

12月3Ⅰ日午後7時30分より執りおこなわれいます。

 

今から千百年前に記された平安朝の法令集「延喜式」にも、

六月晦日と十二月大晦日におこなうことが定められており、

皇居でも毎年おこなわれています。

 白鬚神社では、氏子の方からお預かりした形代を供え、

半年間の罪穢れを祓い清めたのち、形代を焼納し、隅田川へと流します。

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アンカー 8
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